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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)7002号 判決

原告 財団法人労働衛生会館

被告 社会保険診療報酬支払基金 ほか一名

訴訟代理人 玉田勝也 中村均 ほか一名

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

甲事件

1  被告社会保険診療報酬支払基金(以下「被告基金」という。)は原告に対し、今後、原告が被告基金に対して提出する社会保険診療報酬請求書の審査に当たり、社会保険診療報酬支払基金法第一四条の三、第一四条の四所定の手続によらずに、右請求書記載の診療報酬請求額の一部について、いわゆる減点減額査定を行なつてはならない。

2  被告基金は原告に対し、金四、五八四万九、六一五円及び別表第一の番号1ないし35の各内金に対する別表支払期日欄の各当該支払期日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告基金の負担とする。

4  右1、2項について仮執行宣言

乙事件

1  被告永田正夫(以下「被告永田」という。)は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五一年九月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告永田の負担とする。

3  右1項について仮執行宣言

二  被告基金

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

三  被告永田

1  (本案前の申立)

本件訴えを却下する。

2  (本案についての申立)

請求棄却

3  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

甲事件並びに乙事件当事者双方の事実上並びに法律上の陳述は、別紙第一、別紙第二のとおりである。

第三証拠〈省略〉

理由

第一甲事件

一  原告が昭和二五年一二月東京都江東区白河三丁目一〇番一〇号に内科、外科、小児科、耳鼻いんこう科、眼科、産婦人科を含む財団法人労働衛生会館附属平和記念病院という名称の病院(以下「原告附属病院」という。)を開設したこと、原告附属病院が東京都知事から健康保険法(大正一一年法律七〇号、以下「健保法」という。)所定の保険医療機関(なお、後記二1(一)のとおり)の指定を受けた病院であること、原告が被告基金の従たる事務所である東京都社会保険診療報酬支払基金事務所(以下「東京事務所」という。)に対して原告附属病院の昭和四七年一二月から昭和五〇年一〇月までの各月分の診療報酬(後記二3(一)のとおり)をそれぞれ請求したところ、東京事務所が右各月分の請求金額について、別表第一の(1)ないし(18)の診療月分は同表の当該最終減点額欄記載のとおりの金額を、同表の(19)、(20)、(23)ないし凶の診療月分は少なくとも同表の当該最終減点額欄記載の金額を、同表の(21)、(22)、(28)ないし(35)の診療月分は、原告主張額との差額の点は暫らく措くとして、少なくとも別表第二の(21)、(22)、(28)ないし(35)の最終減点額欄記載の金額を、それぞれ減額したうえ、当該月分の支払をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件に関する法令上の制度は以下のとおりである。すなわち、

1  健保法関係

(一) 健康保険では、保険者が被保険者の傷病(業務外)等及びその被扶養者の傷病等に関して保険給付をすることとし(健保法一条一項、二項)、右傷病に関しては、都道府県知事の指定を受けた病院、診療所(以下「保険医療機関」という。)等から診療、薬剤の支給、処置、手術その他の治療等の療養の給付がなされる(同法四三条一項、三項)。

(二) そして、保険医療機関で健康保険の診療に従事する医師、歯科医師は都道府県知事の登録を受けた医師、歯科医師(以下「保険医」という。)であることを要するが(同法四三条ノ二)、保険医療機関は命令の定めに従つて療養の給付を担当し、保険医は命令の定めに従つて健康保険の診療に当たらねばならず(同法四三条ノ四第一項、四三条ノ六第一項)、これらについて法律の委任に基づいて「保険医療機関及び保健医療養担当規則」(昭和三二年厚生省令一五号。以下「療養担当規則」という。)が定められているところ、その規定のうち本件に関する主な規定は後記4のとおりである。

(三) 保険医療機関が療養の給付について、保険者に請求することができる費用の額は、療養に要する費用の額から一部負担金(健保法四三条ノ八第一項)に相当する額を控除した額とし、右療養に要する費用の額は厚生大臣の定めるところによつて算定されるが(同法四三条ノ九第一項、第二項)、右厚生大臣の定めとして「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(昭和三三年厚生省告示一七七号。以下「算定方法告示」という。)がある。そして、算定方法告示は、その別表(診療点数表)により療養に要する費用の額を算定するものとし、一点の単価を一〇円(昭和四〇年厚生省告示一〇号による改正後)とし、療養に要する費用の額は右別表に定める点数を右単価に乗じて算定すると定めている。

そのほか保険医療機関の療養の給付に関する費用の請求について、法律の委任に基づいて(健保法四三条ノ九第六項)、「保険医療機関及び保険薬局の療養の給付に関する費用の請求に関する省令」(昭和三三年厚生省令三一号、昭和五一年厚生省令三六号「療養の給付及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令」により廃止。以下「費用の請求に関する省令」という。)があり、保険医療機関は診療報酬請求書(以下「請求書」という。)及び診療報酬請求明細書(以下「明細書」という。)を当該保険医療機関所在地の都道府県の社会保険診療報酬支払基金事務所に提出すべきものとされている。

そして、請求書は、所定様式により保険者ごとに、被保険者及び被保険者であつた者・被扶養者、入院・入院外の区分により、件数、診療実日数、点数、一部負担金額、請求金額を記入するものとされ、明細書は、所定様式により療養の給付を受けた者(氏名、性別、生年記入)ごとに、傷病名、診療開始日、診療料・投薬料・注射料・処置料・手術麻酔料・検査料・レントゲン料等の項目を細分して、療養の給付の内容を記入するものとされている。

(四) そして、保険者は、右療養の給付に関する費用の請求があつたときは、療養担当規則、算定方法告示に照らしてこれを審査したうえ支払うものとされ、右審査・支払に関する事務を契約により被告基金に委託することができるのである(健保法四三条ノ九第五項、第六項。なお、国民健康保険法(昭和三三年法律一九二号。以下「国保法」という。)四五条四項、五項参照。社会保険診療報酬支払基金法(昭和二三年法律一二九号。以下「基金法」という。)一三条三項)。

2  その他の社会保険法関係

療養の給付に関し、その他の社会保険法は、たとえば日雇労働者健康保険法(昭和二八年法律二〇七号)、船員保険法(昭和一四年法律七三号)、国家公務員共済組合法(昭和三三年法律一二八号)にみるように、診療の方針、診療報酬の算定方法、診療報酬の審査・支払等について健保法を準用し、あるいは健保法ないしこれによる命令の例によるなどとしている。

3  基金法関係

(一) 被告基金は、政府もしくは健康保険組合、市町村もしくは国民健康保険組合、法律で組織された共済組合等が、健保法、日雇労働者健康保険法、船員保険法、国保法、共済組合に関する法律の規定に基づいてする療養の給付及びこれに相当する給付の費用について、療養の給付を担当する者(以下「診療担当者」という。)に対して支払うべき費用(以下「診療報酬」という。)の迅速適正な支払をし、あわせて診療担当者より提出された請求書の審査を行うことをもつて目的とし、各保険者から所定の支払委託金の預託を受けること、請求書に対して診療報酬を支払うこと、右請求書を審査することを主たる業務とする法人である(基金法一条、二条、一三条一項)。

(二) そして、その従たる事務所を各都道府県に置き(同法三条一項)、前記審査を行うために従たる事務所ごとに審査委員会を設けるが、その委員は、診療担当者を代表する者、保険者を代表する者、学識経験者から委嘱される(同法一四条一項)。右審査委員会に関する事項は、基金法に定めるほか、命令で定めるとされ(同法一四条の六)、これに基づいて社会保険診療報酬請求書審査委員会規程(昭和二三年厚生省令五六号。以下「審査委員会規程」という。)が定められている。

そして、保険医療機関等の提出する請求書については療養担当規則、算定方法告示等に基づいて診療報酬の適否を審査するものと定められている(審査委員会規程四条)。

4  療養担当規則

療養担当規則第二章保険医の診療方針等は、診療の一般的方針(一二条)、療養及び指導の基本準則、指導の方針(一三条ないし一五条)を示し、特殊療法等を禁止し(一八条)、所定医薬品以外の医薬品の施用等を禁止する(一九条一項)ほか、診療の具体的方針として、その二〇条において次の方針等を定めている。

すなわち、(一)診察について、健康診断を療養の給付の対象としてはならず、各種の検査は診療上必要があると認められる場合に行う。(二)投薬について、投薬は必要があると認められる場合に行い、治療上一剤で足りる場合には一剤を投与し、必要があると認められる場合に二剤以上を投与する。同一の投薬は、みだりに反覆せず、症状の経過に応じて投薬の内容を変更する等の考慮をしなければならない。療養上の注意を行うことにより医療の効果を挙げることができると認められる場合は、指導を行い、みだりに投薬してはならない。投薬量は、予見することができる必要期間に従い、おおむね、内服薬一回二日分を標準、外用薬一回五日分を限度、特殊事情ある場合に必要があると認められるときは一四日分を限度、以上の基準による。(三)注射について、注射は、〈1〉経口投与によつて胃腸障害を起すおそれがあるとき、経口投与をすることができないとき、又は経口投与によつては治療の効果を期待することができないとき、〈2〉特に迅速な治療の効果を期待する必要があるとき、〈3〉その他注射によらなければ治療の効果を期待することが困難であるとき、に行う。内服薬との併用は、これによつて著しく治療の効果を挙げることが明らかな場合又は内服薬の投与だけでは治療の効果を期待することが困難であるときに限つて行う。混合注射は合理的であると認められる場合に行う。(四)手術は必要があると認められる場合に行い、処置は必要の程度において行う。

5  審査委員会の権限等

審査委員会は、診療報酬請求書の審査のため必要があると認めるときは、都道府県知事の承認を得て、当該診療担当者に対して出頭及び説明を求め、報告をさせ、又は診療録その他の帳簿書類の提出を求めることができる(基金法一四条の三第一項、昭和二四年法律一六七号により追加)。右要求があつた場合に、診療担当者が正当の理由がなく、出頭、説明を拒み、報告をせず、診療録その他の帳簿書類の提出を拒んだときは、被告基金は都道府県知事の承認を得てこの者に対して診療報酬の支払を一時差し止めることができる(同法一四条の四、昭和二四年法律一六七号により追加)。

三  行政解釈

〈証拠省略〉によれば、厚生省保険局長通牒(診療報酬の請求に関する審査について、昭和三三年保発七一号、厚生省保険局長から被告基金理事長あて)が、審査委員会における審査は、明細書について、書面審査を基調として、その診療内容が療養担当規則に定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が算定方法告示に照らし誤りがないかどうかを検討し、もつて適正な診療報酬額を審査算定するものであるとし、審査の基本方針に関することとして、「(一)審査にあたつては保険医療機関等から提出された個々の明細書につき適否を審査するとともに、全般的通覧等を通じて当該保険医療機関等の診療の取扱が適正であるかどうか等の全般的傾向を十分把握して審査をする必要があること。(二)審査の公正を期するため、審査委員会相互の間に審査上の差異が生じ、また同一審査委員会内においても審査委員の審査従事時間の長短、審査委員の主観的相違等により、その個人差的不均等が生じないよう配慮されるべきであること。」とし、審査の具体的方針に関することとして、「(一)(2)甲表の特質に照らし特に着眼すべき具体的事項は、次のとおりであること。((イ)(ロ)略)(ハ)検査料については、検査の必要性が認められるものであるかどうか。特に、研究的なものまで行なわれている傾向がないかどうか。(ニ)投薬料及び注射料については、傷病名から推測される必要投薬単位数または注射回数に比較して算定されている単位数または回数が著しく多くないかどうか。(3)診療行為の種類、回数または実施量等については、療養担当規則に照らして不当と認められる部分につき減点査定すべきことは当然であること。」としていることが認められる。

四  審査委員会の審査権

健康保険制度のもとにあつては、前記健保法の規定の例にみるとおり、保険者が被保険者ないしその被扶養者に対してその傷病(業務外)に関し保険給付として療養の給付をなすものであり、右被保険者等は保険医療機関から右療養の給付を受けるものであるところ、保険医療機関は療養担当規則に従つて療養の給付をなすべき義務があり、又、算定方法告示に従つて診療報酬を請求すべき義務があり、他方、保険者は、右請求にかかる診療報酬の支払に関して右請求の審査をなすべき義務がある。そして、療養担当規則には、保険医の従うべき療養の給付の具体的方針を前記のとおり定めているのであり、療養担当規則の企図するところは、保険制度の本質に由来する秩序ある合理的な療養の給付の内容を、今日の臨床医学上の基礎的知識を有する医師である保険医に対して明らかにするとともに、保険制度を維持するため、保険医のなすべき療養の給付におのずから、現在の臨床医学上の基本的通念から合理的な制約のあることを示しているということができる。従つて、右保険者のなすべき審査の対象が請求点数の誤算等単純な事務処理に類する形式的審査をするのにとどまらず、上叙性質の療養担当規則に照らし臨床医学上の基本的通念からして適正妥当であるかどうかなど明細書についての実質的審査に及ぶことは、本質的に当然の帰結というべきであつて、右審査の委託を受けた被告基金の各審査委員会は右内容の実質的審査権を有するものと認められる。そして、被告基金が各種社会保険診療報酬について審査・支払の寄託を受け、一元的能率的かつ適正な審査・支払をなすべきことを立法の趣旨とする基金法が審査委員会に関する規定を設け、診療担当者を代表する者、保険者を代表する者、学識経験者を委員としてこれを構成するものとし、審査が医学的専門的見地からなされることを当然に予定しているのも、右の趣旨を更に推し進めて明らかにしたものといえる(国保法八七条、八八条一項参照)。してみれば、前記厚生省保険局長通牒の内容は是認できるところである。

原告は療養担当規則は抽象的規定である等のため右実質的審査の基準たり得ない旨を主張するが、複雑多岐にわたる各種各様の傷病例の全体を通じて、保険医のとるべき方針としての療養担当規則の定めは、臨床医学上の基本的通念を有する医師である保険医に対しては、具体性を欠く規定とはなし難く、同主張は、そもそも健康保険制度に由来する健保法四三条ノ四第一項、四三条ノ六第一項の法意を実質上全く没却するものであつて、失当である。又、原告のいうように、被告基金が過去において原告に対して減点査定を殆ど行わず、あるいは国民健康保険団体連合会がこの種の減点査定を行つていないにしても、このような実務上の取扱如何が前記法律上の結論を左右するものでないことはいうまでもない。更に、前記実質的審査は、前記のとおり診療報酬請求そのものの審査を行うのであつて治療行為には当たらないから、なんら医師法(昭和二三年法律二〇一号)二〇条の無診療治療の禁止の規定の法意に反するものでないことも明らかであるから、この点に関する原告の主張も失当である。

ところで、被告基金が保険者から寄託された診療報酬の審査は、請求にかかる診療報酬についてその支払をする前段階において、前記のとおり法令に照らして当該請求の当否、すなわち、当該診療報酬請求権の存否を、いわば点検、確認する措置にとどまるものであり、法令上これによつて当該診療報酬請求権自体まで否定するものとする根拠もないのであつて、この限りにおいては、当該請求権が正当なものである限り、たとえ審査委員会における減点査定があつても、当該請求権の存否自体にはなんら消長を来たすものではなく、いわゆる不利益処分には当たらないということができるのであつて、これに逐一理由を示すべき法律上の根拠も見出し難い。

五  差止請求の当否

被告基金の有する審査権は前記のとおりであるところ、原告の請求の趣旨によれば、原告は減点査定自体の差止を求めるものではなく、基金法一四条の三(第一項)、一四条の四(第一項)所定の手続を経ないでする場合の減点査定の差止を求めるものであることは明らかである。しかし、右基金法一四条の三第一項の規定の文言に照らして明らかなとおり、同項は審査委員会が審査に関して有する権限を定めたものに過ぎず、そもそも審査委員会に対して審査に際して法律上当該手続をとるべきことを義務としたものではない。又、同法一四条の四第一項の規定も、その文言ならびに右一四条の三第一項の規定に照らし明らかなとおり、診療担当者が右一四条の三第一項所定の審査委員会の要求に応じないときに、その実行を間接的に確保するための診療報酬支払の一時差止を定めるにとどまる。原告がこれらの規定の適用を減点査定の必須の前提条件とするのは、右各規定ないしは関連法令の誤解によるか、もしくは独自の見解に立つものであつて、その見解は到底採用の限りでない。従つて、原告の差止請求は、右の点において、理由がない。

六  損害賠償請求

原告の損害賠償請求は、金銭債権である診療報酬請求権の債務不履行に基づくものであるというが、前記のとおり原告主張の診療報酬請求権にして適正であれば、減点査定により実体上なんら消長を来たしていないから、原告主張の損害が発生したといえないことは明白である。従つて、その他の判断をするまでもなく、原告の損害賠償金ないし右損害賠償金に対する遅延損害金請求は、すべて理由がない。

第二乙事件

一  本案前の申立について

請求原因によれば、原告が甲事件において主張する東京事務所の審査委員会のなした減点査定が不法行為を構成するところ、同審査委員会の委員長である被告永田個人は右不法行為に基づく損害賠償義務を免れないというのである。ところで、右減点査定について被告基金が不法行為に基づく損害賠償責任を負うかどうかということと委員長個人の責任とは本来別個の問題である。従つて、被告基金に右責任があるとしても、これによつて委員長個人の責任を否定すべき根拠とはならないというべきである。その他被告永田の主張するところは、すべて理由がなく、同被告の本案前の申立は理由がない。

二  本案について

原告が原告附属病院を開設していること、原告附属病院が東京都知事から健保法所定の保険医療機関の指定を受けた病院であること、被告永田が被告基金の従たる事務所である東京事務所の審査委員会の委員長であることは当事者間に争いがなく、被告永田本人尋問の結果によると、同被告が右委員長に就任したのは昭和四四年六月一日であることが認められる。

しかし、右審査委員会の審査に関し不法行為の成立を肯認できないことは、甲事件について判断したところから明らかであるので、その他の判断をするまでもなく、原告の請求は理由がないというべきである。

第三結び

よつて、原告の本訴各請求はいずれも失当であるから棄却し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平田孝 落合威 桐ヶ谷敬三)

〔別紙第一 甲事件関係主張〕

第一原告の請求原因

一 原告は、労働者の衛生保健の研究等を目的とする財団法人であり、その目的遂行の一環として昭和二五年一二月東京都江東区白河三丁目一〇番一〇号に、内科、外科、小児科、耳鼻いんこう科、眼科、産婦人科を含む財団法人労働衛生会館附属平和記念病院という名称の病院(以下「原告附属病院」という。)を開設し、東京都知事から健康保険法(大正一一年法律七〇号。以下「健保法」という。)所定の保険医療機関の指定を受け、以来保健医療機関として患者診療に従事している。

二 被告基金は、社会保険診療報酬支払基金法(昭和二三年法律一二九号。以下「基金法」という。)に基づいて設立された法人であつて、その東京都内における従たる事務所である東京都社会保険診療報酬支払基金事務所(以下「東京事務所」という。)は、被告基金の目的たる業務、すなわち、政府・健康保険組合・市町村・国民健康保険組合・法律で組織された共済組合(以下「保険者」という。)が健保法をはじめとする各種の健康保険関係法律の規定に基づいてなす療養の給付及びこれに相当する給付の費用について、療養の給付を担当する者(以下「診療担当者」という。)に対して支払うべき費用(以下「診療報酬」という。)の迅速適正な支払をなし、あわせて、診療担当者より提出された診療報酬請求書(以下「請求書」という。)の審査を行うところの業務(基金法一条)のうち東京都内における業務を担当処理している。

三1 基金法は、健保法等に基づいてなした療養の給付の費用について、診療担当者ないし保険医療機関から提出された請求書の審査の手段方法として、まず、その一四条及び一四条の二ないし一四条の六の六か条を設け、その主たる事項を規定し、更に、社会保険診療報酬請求書審査委員会規程(昭和二三年厚生省令五六号。以下「審査委員会規程」という。)は、基金法の委任に基づいて審査の手続ないし手段方法について詳細な規定を設けている。

これらの法令の定めるところによれば、請求書の審査は、被告基金の都道府県事務所ごとに設けられた審査委員会によつて行われるわけであるが(基金法一四条一項)、その審査委員会は、請求書の審査のため必要があると認めるときは、都道府県知事の承認を得て、当該診療担当者に対して出頭及び説明を求め、あるいは所要事項を具体的に摘示して報告をさせ、又は必要とする診療記録その他の帳簿書類の提出を求めることができる(同法一四条の三第一項)ばかりでなく、審査委員会の適法な要求があつたのにかかわらず、診療担当者が正当な理由がないのに出頭せず、あるいは出頭しても説明を拒否して行わず、又は診療録その他の帳簿書類の提出を拒否したときは、被告基金は、都道府県知事の承認を得て、その診療担当者ないし保険医療機関に対して診療報酬の支払を一時差し止めることができる権限を与えられている(同法一四条の四第一項)。

2 なお、審査委員会は、請求書の審査に際し、点数計算の誤認や保険診療の対象外の事項について療養の給付を行つたものであること、又は保険薬剤以外の薬剤の投与であることが明らかなものを発見したときは、それについて直ちに是正し、削除できることはいうまでもないが、しかし、その権限はこの範囲にとどまるものであつて、これを逸脱して、減点査定を行うことを可能とするものではないことも明白である。

四1 すなわち、審査委員会は、請求書の審査を行うに当たり基金法の定める権限を有すると同時に、その定める規定に従つて審査を行い、その範囲を逸脱してはならないという当然の義務を有する。もし、この規定を無視し、あるいはこれを蹂りんして、ほしいままな審査を行い、これによつて診療報酬請求者である診療担当者ないし保険医療機関に対して損害を及ぼすことがあれば、被告基金は、その損害賠償の責任を負うことは明らかである。けだし、審査委員会は、被告基金の業務に関して、その厳守すべき法令を無視蹂りんするという不法行為を、あえてなしたからである。

基金法が診療報酬の審査に関して前記のような特別の規定を設け、慎重な態度をとつているのは、ことは診療担当者の財産権の保全と直接密接な関係があるばかりでなく、健康保険を中心とする各種の社会保険の性質構造とその運営の円滑性確保ということの重要性によるものであるとされている。

このことは、診療担当者ないし保険医療機関が療養の給付を行う場合には、健保法をはじめとする各種の社会保険関係法令並びにこれらの法令に基づく「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(昭和三二年厚生省令一五号。以下「療養担当規則」という。)等により多くの義務を課せられ、その制約の下に療養の給付を行い、そして、法令の定めるところによつて療養の給付に要した費用を請求することとされている社会保険診療の構造、特に保険者と医師の相互信頼の上に組み立てられているこの診療報酬の支払請求制度の本質に照らして当然のことに属する。

従つてまた、基金法所定の審査手続規定を全く無視蹂りんし、診療担当者に対して、なんらの説明の機会も与えることなく、問答無用ないし切捨御免式に減点査定を行うことが許される理由は全くないし、その根拠を見出すこともできない。

2 このことは、被告基金と殆ど同じ立場にあり、殆ど同一の法令に基づいて国民健康保険に関する請求書の審査を行い診療報酬の支払事務を担当処理している国民健康保険団体連合会が行つている診療報酬の支払においては(国民健康保険法(昭和三三年法律一九二号。以下「国保法」という。)四五条参照)、この種の減点査定は全く行つていないという事実によつても、これを窺うに十分である。

五 しかるに、東京事務所の審査委員会は、原告が所定の手続をふみ、保健医療機関として適法かつ正当に健康保険その他の社会保険の被保険者に対して行つた療養の給付に要した費用として、東京事務所に対し、毎月提出している各種社会保険の請求書の審査に当たり、基金法及び審査委員会規程に定める明文の条項を無視して、これらの法令に定める診療担当者に対する出頭の要求、診療録の提出、説明又は報告の要求等の手続を全くとることなく、又、診療担当者等からなんらの意見も聞くことなく、発言の機会も与えずに、一方的かつ恣意的に減点査定を行つているのである。しかも、東京事務所は、審査委員会のこの不法行為を是認し、原告が自己の行つた療養の給付に基づき毎月東京事務所に対して支払を請求している診療報酬の請求額より不法に行つた減点査定相当分を控除し、その残額についてのみ支払を行つており、原告は右減点相当分の損害を被り続けている(以上、昭和五〇年六月一八日付準備書面第二、一項ないし五項)。

六 減点査定の法律上の性質と法律効果

1 結論をいうと、減点査定は、被告基金に付与された審査権の濫用であり、越権行為であつて、不法行為を構成する。すなわち、

2 被告基金は、診療担当者より提出された請求書の審査を行い、厚生大臣の定めるところにより算定した金額を支払うことを目的とし職責とするものであるから(基金法一条・一三条)、被告基金の審査委員会は、あくまでも法令の定める手続に従い審査を遂げ、法令によつて認められている範囲内において判断決定を行うことを要し、これを逸脱することは許されない。

3 元来、保険医療機関で診療に従事する保険医は、療養担当規則その他の関係法令を遵守し、これに準拠して被保険者に対して療養の給付を行い、保険医療機関は療養の給付に要した費用の額から一部負担金に相当する額を控除した金額の支払方を請求書により被告基金に対して請求するものである。そして、被保険者に対する療養の給付は、後記のとおり保険医が医師としての職責に従い良識によつて行うものであるから、特段の事情のない限り、請求書の審査には、おのずから制限があり、慎重であるべきであることは、いうまでもない。これは、臨床医学は決断と裁量の医学であり医術であるという鉄則からいつて当然である。患者の容態は時々刻々変化するものであつて、後日この状態を再現することは不可能ないし至難であるからである。すなわち、現在の医学においては、実際に診療に従事した医師の措置ないし良識に全幅の信頼を寄せる以外には方法がない。健康保険制度は、保険医に対する信頼の上に成立している機構であると理解されている理由もここにある。

4 請求書の審査は、あくまでも法令の定める手続により、法令の定めるところにより、良識によつて行わなければならない。詐欺、虚構の請求による診療報酬の不正要求は論外とし、使用が認められていない薬剤の使用交付・手術その他措置が認められていない施術はもとより、点数の誤認・誤算その他明らかに法令に違反するものは格別、それ以外の療養に要したとする診療報酬の請求書の審査、すなわち、点数の審査は法令に定める手続を厳格に遵守し、十分慎重であるべきであり、多忙その他を理由として軽々に処置することは許されない。これを、あえてすれば、それは審査権の濫用であり、越権行為であつて許されない。けだし、それは保険診療の性質に照らし法令の定める範囲を著しく逸脱することになり、不法行為となるからである。

これを実例に即していえば、請求書の記載中に、審査委員の良識に照らし不審の個所を発見したときは、法令に定める手続により、その診療に従事した診療担当者に対し照会を行つて疑義をただし、あるいは所定の手続を経て診療録等関係資料の提出を求めて検討し、質問を行い、説明を受けたうえで、法令の定めるところに従い処理すべきであつて、この手続をとることなく直ちに減点査定を行うことは許されない。けだし、診療担当者に対して一片の問合せを行うことなく、あるいは診療録を調査検討することなく、一定の基準を想定し、それに従い、個々の患者の疾病の種類・病状・その推移等患者の特殊性を顧慮することなく、特定の薬剤の投与・検査その他の措置を一律に否定削除し、あるいは一定の分量を超える薬剤の投与ないし注射を否定し減点を行うことは、前記裁量と決断の学である臨床医学の鉄則を無視蹂りんする暴挙である。そして、場面は異なるにせよ、本質的には無診療診療を厳禁する医師法二〇条の精神に背致する。

5 以上のとおりであるから、実際に診療に従事した診療担当者に対し、一片の問合せをすることなく、又、診療録その他の資料を検討顧慮することなく行われている本件減点査定は、審査権の濫用であり、被告基金に与えられた審査権の範囲を逸脱する恣意的な行為であつて許されない。

被告基金が減点査定を行うことの原因は、実は主として保険経済と審査事務の繁忙性にあるとされていることは公然の秘密に属する。そのこと自体は考慮に値いするものがあるが、そのために前記審査権の濫用行為が是認され、その瑕疵が治ゆされるものではない。

七 前項権利濫用行為によつて侵害される権利の種類と性質

1 結論をいうと、前記審査権の濫用行為によつて侵害される権利は、一方においては国民の健康権であり、他方においては医師の診療権である。なお、結果的には医業の経営権が侵害を受け、国民の健康に重大な不安をもたらすことになるものといわなければならない。すなわち、

2 国民皆保険が実現した現在においては、保険診療が適正妥当に行われ得るかどうかということは国民の健康に直結する重大な問題である。初期における保険診療が安かろう悪かろうという悪評にさらされ、その後における関係各方面における運動がいわゆる制限診療の改善撤廃に指向され、幾多の紆余曲折を経たうえ、昭和四六年に至り漸く制限診療撤廃を見るに至つたことは公知の事実である。

これにより国民は保険医に対して適正妥当な診療を求め、その健康の維持増進を図ることができるし、又、医師は医師としての良識に従い診療に従事し、その職責を果し得ることとなつた。すなわち、被保険者たる国民は、その健康権が保全され、診療担当者たる医師はその使命達成の基本である診療権が確立されたわけである(昭和二六年三月二三日京都地方裁判所舞鶴支部判決、下民二巻三号四一三頁参照)。

これによれば、減点査定は、国民の享有するこの健康権を危殆におとしいれ、医師の保有する診療権に重大な打撃を加え、これを侵害するものであるといわなければならない。なぜなら減点査定を受けた保険医は自己の診療所経営権の防衛のために好むと好まざるとにかかわらず、その良識に背いて、いわゆる萎縮診療におちいり、結局、心ならずも制限診療を行うほかはないことになるからである。

しかりとすれば、被保険者たる国民は、保険医より適正妥当な診療を受けることができず、その健康権が侵害を受けざるを得ないことになる。しかも、この傾向は減点査定が強化されれば、されるほど顕著となる。更に、医師は医業の経営権さえ脅かされることになる。けだし、後記のとおり医師はその良心に従つて患者に対して給付した療養に要した費用を回収することができないことになるからである。

4 法理論としては、医師はこの減点査定によつて、自己の診療報酬請求権が失われるものではなく、裁判所に対する出訴その他の方法によつて、その権利の救済ないし実現を求め得るわけであるが、日常多くの患者をかかえ多忙を極める一般医師にとつては、そのような方法をとることは望み得べくもないことに属する。又、権利救済の途を選ぶことなく減点査定をそのまま放置しておくことは、権利の上に眠る者であつて法の保護に値いしないという非難についても、これと全く同じである。なぜなら、診療業務に追われて寧日なき医師はもともと争いを好まぬものであるばかりでなく、健康保険制度に定められた唯一の支払機関である被告基金と事を構え争いを続けることは、自己の診療所の経営を経済的危機におとしいれ、破綻に導くおそれが多分に存するからである。

このことは原告の置かれている立場を見れば一目瞭然である。すなわち、昭和四八年二月被告基金から突如甚だしい減点の通知に接した原告は、直ちに再審査の請求を行つたところ、被告基金によつて一九パーセント程度の復活是正が認められ、その後も被告基金により引続き減点の手続を繰り返され、あまりの仕打ちに耐えかねて本訴提起のやむなきに至つたが、二回まで原告の請求に応じて、ある程度の減点査定の復活是正を行つて来た被告基金は、原告が減点査定の法的及び臨床医学的根拠の説明を要請したところ、それ以後は再審査請求を拒否して、いわゆる零点査定に終始し、全く原告の申請に耳をかそうとしない。これにより原告が如何に大きな苦痛をなめ、病院経営上如何に大きな障害を被つているかについては、あえて多言の要がない。

法律上、唯一の社会保険診療報酬の支払機関たる被告基金が叙上の態度をとる以上、被告基金に対して異議を述べ、訴えを提起すること等は、診療担当者にとつては被告基金側の圧力を受け経営上の危険を覚悟せねばならぬ一般の医師ないし医療機関に望み得べきことではない。減点査定につき多くの医療機関が大きな不満をいだきながら、実際上、争う者が非常に少ないという理由もここにある。従つて、減点査定は、結果的には診療担当者の診療報酬請求権を侵害し、診療担当者を経済的苦境に追いこんでいることもまた明らかである。

5 以上のとおりであるから、減点査定という審査権の濫用ないし越軌不当な権限逸脱の不法行為によつて、一方においては国民の健康権が侵害を受け、他方においては医師の診療権が制約され、良心に背いた診療を余儀なくされるという侵害を受け、又、その診療報酬請求権が実際問題として侵害され、医業の経営権すら危うくされている。

八 保険診療と診療報酬請求権、その法的性質

1 ところで、健康保険制度とその上に立つ保険診療の関係如何といえば、保険医ないし保険医療機関は、保険者との特約により保険事故が発生した被保険者たる国民の需めに応じ、診療という現物給付ないし保険給付を行つているものである。その給付が保険の本旨に合致するものであるかどうかは関係法令の定めるところによつて判断決定すべきものであるが、この種の健康保険制度にあつては、結局、診療担当者の良識を信頼して、これに委ねる以上には方法がない。

このことは前記のとおり時々刻々変化するばかりでなく、後日その再現が至難の業に属する人の病状に関するものであるからである。この被保険者に対する療養の給付を行つた診療担当者は、関係法令の定めるところにより被告基金に対してこの療養の給付に要したる費用の支払請求権を取得し、法令の定めるところにより請求書により被告基金に対してこれを請求することになる。

2 診療報酬の支払請求を受けた被告基金は、これまた法令の定める手続によつて請求書について所定の審査を行い、診療報酬の支払を行うわけであるが、その法律的性質は、多少の議論はあるが、一般には広義の請負契約における出来高払制度であると理解されている。しかも、この出来高払を行うための検収ないし審査は、前記人体に対する診療の特質に照らし、そこには、おのずから制約があり、客観的・外形的なものとなり、結局は、診療担当者の良識を信頼し期待する以外にはないことになる。

このことは、大正一一年健康保険制度が発足以来今日に至るまでの間における診療報酬等の支払制度を通覧すれば、たやすく理解できるものといえよう。すなわち、ある時はいわゆる療養費払制度により、又、ある時は日本医師会による一括請負制度により、更に、ある時はいわゆる人頭定額出来高払方式による等決して一貫したものではなく、幾度も試行錯誤が繰り返され、遂には今日の被告基金による支払方式に到達したこと、並びに時日が経過するにつれ、いわゆる制限診療が徐々に緩められ、遂には今日の法令によつて認められる範囲内において担当保険医が必要と考える限り無制限診療に到達したこと、いいかえれば診療報酬の支払に関する制限制約が漸次撤廃ないし緩和され、診療報酬請求に対する監査の必要性が失われたことは、昭和二三年被告基金が発足した当初においては、それが全く行われなかつたという事実に徴して明らかである。

3 叙上のとおりであるから、被告基金が診療報酬の審査に当たり診療担当者に対して一片の照会ないしは問合せもせず、診療録その他の資料を調査検討を行うことなく減点査定を行うことは関係法令の全く予想していないところであつて、審査権の濫用であり、許されないものと断ぜざるを得ない(以上、昭和五〇年九月四日付準備書面)。

九 診療報酬請求権の性質と診療報酬請求権確定の時期

いわゆる現物給付の出来高払制度を採用している現在の健康保険制度の下においては、診療報酬請求権は、特段の事由のない限り、個々の保険医が来院した健康保険の被保険者本人又はその扶養家族に対して現実に保険診療を行つた時点において、即時かつ明瞭に成立し、具体的な請求権となる。ただ、被告基金に対する関係においては、関係法令の定める手続を履践し、被告基金に対し自己が受領した一部負担金等を差し引いたところの請求書を提出した時に具体化し、現実的なものとなる。

すなわち、療養担当規則は、保険診療を行つた保険医療機関に対して一部負担金等の窓口徴収を義務づけ、又、健保法がその四三条ノ九第一項に、「保険医療機関又ハ保険薬局ガ療養ノ給付ニ関シ保険者ニ請求スルコトヲ得ル費用ノ額ハ療養ニ要スル費用ノ額ヨリ一部負担金ニ相当スル額ヲ控除シタル額トス」と定めていることに徴して明瞭である。なぜなら、療養の給付に要した費用が確定しない限り窓口において即時徴収すべき金額も不明であり、従つて、又、そのような状況の下にあつて「療養に要する費用の百分の三〇に相当する金額の支払を受けるものとする。」と定める療養担当規則五条(昭和四八年厚生省令三九号による改正後)が全く無意味となるからである。

しかりとすれば、被告基金における審査の終了をまつまでもなく診療請求金額は一般的かつ具体的に確定していることは明らかである。ただ、直接診療行為に関与しない被告基金に対して保険医療機関が基金法の規定に従い、診療報酬請求明細書(以下「明細書」という。)を提出して、その審査を経ることになつているのは、被告基金がその機能において、例えば誤記・誤算等の訂正並びに関係法令の認めていない薬剤の使用並びに処置等の診療報酬請求があつた場合に、これを削除して請求額を増減して支払う制度である(昭和五二年八月二二日準備書面三項(二)(3))。

一〇 本件減点額

原告が被告基金に対して請求した昭和四七年一二月分ないし昭和五〇年一〇月分の診療報酬は別表第一の「請求額」欄記載のとおりであるところ、これに対する被告基金の最終減点額は同表の「最終減点額」欄記載のとおり合計四、五八四万九、六一五円である(昭和五〇年六月一八日付準備書面第二・六項・昭和五一年三月一〇日付準備書面)。

一一 差止請求

以上のとおり東京事務所の審査委員会がとりつつある審査の手続方法は、基金法等の明文を全く無視して、これを蹂りんする不法なものであるばかりでなく、法令に基づかざる恣意的なやり方であり、許すべからざる重大な不法行為である。そして、原告は、東京事務所のこの不法行為により、すでに重大な損害を被つたばかりでなく、現に損害を被り続けている。

しかも、東京事務所は、原告の再三にわたる懇請や抗議を無視して、この不法行為を継続しており、今や原告は到底その損害に耐えられない状況にある。

そこで、原告は被告基金に対し、この不法行為の差止、すなわち、今後は原告が毎月東京事務所に対して提出する請求書の審査に当たり、基金法の定める明文の審査に関する手続規定を無視蹂りんして、所定の手続を履践せず不法に減点査定を行うという不法行為の中止差止を訴求する(昭和五〇年六月一八日付準備書面第二、六項)。

一二 債務不履行に基づく損害賠償請求

叙上のように、東京事務所は、原告が診療担当者として適法に診療に従事し、被告基金に対し適法に取得した診療報酬請求権に基づき、毎月所定手続に従い各種社会保険の請求書に基づき、その支払を請求しているのに対し、前記のとおり審査の結果に基づく減点による減額名下に、あえて診療報酬の一部支払をなさず、その支払を遅延し、これにより原告は右減点相当額の損害を被つている。

その損害額は前記本件減点額合計四、五八四万九、六一五円であるが、これは被告基金が正当の理由が存在しないのにかかわらず、原告が各種社会保険関係法令の定める適法な保険医療機関として適正な保険診療に従事し、関係法令の定めるところによつて適正に取得し、これに基づき支払を請求することによりその履行期が到来している診療報酬請求権を故意に侵害し、ほしいままに、その一部の支払を拒絶し遅延しているものであつて、民法四一五条に定める債務不履行を、あえてしているものである。

被告基金の右債務不履行により、原告は前記四、五八四万九、六一五円と同額の損害を被つている。

なお、原告が被告基金に対して有する前記診療報酬請求権の履行期は、原告が健保法をはじめとする関係法令に準拠して作成し、被告基金に対し適法に提出し、被告基金が関係法令の定めるところにより審査を終え、その支払を開始した時点において到来するものであるから、前記減点査定による弁済遅延の部分の履行期は、原告請求にかかる診療報酬の大部分について被告基金が支払を行つた時点に到来しているものであり、遅くとも別表第一の「支払期日」欄記載の日までに到来していることは明らかである。

よつて、原告は被告基金に対し、民法四一五条・四一九条にのつとり、前記四、五八四万九、六一五円及びその各月分に対する当該支払期日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(昭和五〇年七月一五日付準備書面)。

第二請求原因に対する被告基金の認否

一 請求原因一、二は認める。同三の1は認め、2は争う。同四の1は争い、2は否認する。

二 請求原因五のうち、被告基金が原告に対し、原告が被告基金に支払を請求した診療報酬請求額から減点分を控除して支払つたことは認めるが、その他は争う。

三 請求原因六について

仮に減点査定が違法であるとしても、その場合に原告は診療報酬請求権を有するのであり、本件のような単なる債務不履行が不法行為を構成する余地はない。

四 請求原因七について

「国民の健康権」は原告の有する権利ではない。従つて、仮にその侵害があつたとしても、原告に対する不法行為は成立しない。又、仮に萎縮診療となり、制限診療となるとしても、それは減点査定と法律上の因果関係がない。

五 請求原因一〇の原告主張の各最終減点額のうち、別表第一の(1)ないし(18)は認めるが、同(19)以下は別表第二のとおりである。

六 請求原因六・七は争う(以上、昭和五〇年六月三〇日付準備書面、昭和五一年一月一九日付準備書面、昭和五三年一月二三日付準備書面二項)。

第三被告基金の主張

一 審査の方法について

1 審査手続の概要

(一) 請求書等の提出

保険医療機関は各月分の請求書(保険者ごとに件数、点数等を合計したもの)及び明細書(各患者ごとに診療の明細を記入したもの)を翌月一〇日までに当該都道府県社会保険診療報酬支払基金事務所(原告の場合は東京事務所)に提出しなければならない(保険医療機関及び保険薬局の療養の給付に関する費用の請求に関する省令(昭和三三年厚生省令三一号。以下「費用の請求に関する省令」という。))。原告の場合は、右を一か月ずつ遅延している。

(二) 事務点検

請求書及び明細書は、まず、被告基金の職員が形式的不備の有無について点検する(東京都社会保険診療報酬支払基金審査事務取扱規程(以下「東京事務所事務取扱規程」という。)三条)。点検の内容は、事務処理要綱(昭和三九年七月七日被告基金制定)に示されている。

(三) 審査委員会の審査

請求書等の審査は、各都道府県の事務所ごとに設けられた審査委員会が行う(基金法一四条一項)。審査委員会において、審査のため必要ある場合には、審査委員の担当を定めて、あらかじめ審査をすることができる(審査委員会規程二条二項)。この審査委員の専門科別分担による審査を第一次審査、審査委員会の審査決定を第二次審査という(東京事務所事務取扱規程六条)。審査に当たつては、補導その他必要事項(主として適正な診療と認められないものなどである。)を審査録に記録する(同規程九条一項)。

(四) 審査結果の通知

審査の結果、増減点すべき場合は、増減点通知書によつて、その旨を保険医療機関に通知する(東京事務所事務取扱規程一五条)。又、減点の対象となつた事項及び今後の診療上留意すべき事項を審査結果通知書をもつて通知する(同規程一一条)。

(五) 疑義の申出

審査が終了したものに関する保険医療機関及び保険者からの疑義その他の申出については、審査委員会に諮り、疑義が正当であれば、これを承認して増減の措置をとり、その旨を通知する(東京事務所事務取扱規程一六条)。疑義を承認しない場合も、その旨を通知する。

2 審査委員会の構成及び運営の大要

(一) 審査委員は各推せん母体からの推せんに基づき幹事長がこれを委嘱する(基金法一四条)。審査委員会には審査委員の互選による審査委員長が置かれる(審査委員会規程七条)。審査委員の任期は二年である(同規程九条)。そして、審査委員会は、毎月分につき、前月分の請求書をその月の二〇日までに審査しなければならない(同規程三条)。

(二) 審査委員の選任基準は、(イ)社会保険の公的重要性を理解し、厳正、公平を期待し得る最適任者、(ロ)専門的に高度の技能を有し、一般診療担当者の信頼を期待し得る最適任者、(ハ)限られた期間内に、ぼう大な明細書を審査しなければならないものであるから、審査委員会に常に出席し、真摯な審査を行うことを期待しうる者、(ニ)学識経験者たる審査委員は、原則として審査に専従し得る者、である。

又、審査委員は、保険者を代表する者(都道府県保険課等保険者が推せんする者)、診療担当者を代表する者(都道府県医師会及び歯科医師会が推せんする者)及び学識経験者(都道府県知事が推せんする者)の三者からなつている。

そして、審査委員は、審査に専従し得る者とそうでない者とがあり、前者は専従審査委員といい、被告基金の本部の承認を得たうえ任命される。

(三) 東京事務所の審査委員は二七名である。なお、東京事務所において毎月受理している明細書の数は、医科約三二八万件、歯科約六七万件、調剤五万件で、合計約四〇〇万件であり、又、東京事務所管内における保険医療機関及び保険薬局の数は、現在約一万五、〇〇〇である。

3 審査の意義、基準及び方法

(一) 審査の意義

基金法一条及び審査委員会規程にいう審査委員会の審査権には減点も含まれていると解釈されている(後出昭和三三年保発七一号厚生省保険局長より被告基金理事長あて通牒(以下「保険局長通牒」という。)参照)が、このことは、あまりにも当然のことであつて疑いを入れる余地がない(詳細は後記「三 減点査定の適法性」のとおり)。

(二) 審査の基準及び方法

審査は、保険医療機関等から提出された請求書に記載されている事項につき書面審査を基調として、その診療内容が療養担当規則(特にその一八条ないし二〇条)に定めるものに合致しているかどうか、その請求点数が「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(昭和三三年厚生省告示一七七号。以下「算定方法告示」という。)に照らし誤りがないかどうかを検討し、もつて適正な診療報酬を審査算定するものである(後出保険局長通牒参照)。

審査委員会は、診療内容又は診療報酬請求の適否につき疑問を生じた場合においては、都道府県知事の承認を得て、当該診療担当者の出頭及び説明を求め、報告をさせ、又は診療録その他の帳簿書類の提出を求めることができる(基金法一四条の三第一項)。

明細書に記載された診療内容又は診療報酬請求の適否につき疑問を生ずる余地のないほど明白な場合は勿論、疑問を生じたものとしても、当該診療担当者の出頭及び説明を求めるほどの必要性が認められない場合には、審査委員会の判断において減点をなし得ることは事理上、当然である。そして、これらの場合に被告基金は審査結果通知書及び増減点通知書を当該保険医療機関に送付していることは前記のとおりである(昭和四九年四月二七日付準備書面第二)。

二 診療内容の審査の可能

費用の請求に関する省令一項は、保険医療機関に対して、請求書とともに診療担当者が行つた診療内容の適否を判断するために必要な資料として明細書を提出する義務を課している。又、基金法一四条の三第一項は、前記のとおり審査に関する方法を定めている。このような方法により診療内容の審査は十分可能である。

更に、健保法四三条ノ六第一項は、「保険医療機関ニ於テ診療ニ従事スル保険医(中略)ハ命令ノ定ムル所ニ依リ健康保険ノ診療(中略)ニ当ルベシ」と規定し、その命令の定めとして療養担当規則がある。それゆえ、診療担当者は、療養担当規則にのつとつて保険診療に当たらなければならない。そして、保険者又は被告基金は、診療担当者が提出した請求書及び明細書に記載された診療内容を右療養担当規則に照らして審査する(健保法四三条ノ九第四項、第五項)のである。すなわち、診療内容を審査する場合の基準が定められているのであるから、審査は決して困難ではなく、不可能ではない(昭和五〇年二月一三日付準備書面一項)。

三 減点査定の適法性

1 健保法四三条ノ九第五項、国保法四五条五項は、保険者は診療担当者による診療報酬の請求に対する審査及び支払に関する事務を被告基金に委託することができる旨を規定している。基金法によれば、被告基金は各種の健康保険について診療担当者から提出された請求書の審査を行うとともに、政府その他の保険者が診療担当者に支払うべき診療報酬の迅速適正な支払をすることを目的とする法人であり(一条、二条)、請求書を審査したうえ、診療担当者に対して診療報酬を支払うことを主要業務とし(一三条一項、二項)、保険者から診療報酬の支払委託を受けたときは、診療担当者に対し、その請求にかかる診療報酬につき、みずから審査したところに従い、自己の名において支払をする法律上の義務を負うものである(最高裁判所昭和四八年一二月二〇日第一小法廷判決、民集二七巻一一号一、五九四頁参照)。

一方、医療機関は、都道府県知事に対し、保険医療機関となるべき指定の申請をなし、これに基づきなされた都道府県知事の指定により保険医療機関となり、保険医療機関として被保険者に対し療養担当規則に従い保険医療に当たり、診療給付をしたときは保険者に対して診療報酬を請求できる(健保法四三条ノ三、四三条ノ六、四三条ノ九)。すなわち、保険医療機関は、都道府県知事の指定により、被保険者に対し療養担当規則等法令の定める療養方針に従い保険給付に当たるべき健保法上の義務を負い、他方、その対価として法令の定めるところ(診療報酬点数表)により算定した診療報酬を請求し、その支払を受けることができるのである。

そして、健保法四三条ノ九、基金法一条、一三条等の規定の趣旨からすると、被告基金は、保険者との委託契約に基づき保険医療機関に対して直接診療報酬支払義務を負担するが、その委託されたところに従い、独自の権限として保険医療機関から提出された請求書についての審査をなし得ることは明らかである。この審査は、もともと保険医療機関(保険医)たるものの診療、療養の給付は、前記のとおり命令の定めるところにより、これをなすべきものとされている(健保法四三条ノ四、四三条ノ六)ところからすれば、診療給付が右命令、すなわち療養担当規則に従つてなされているかどうかにつき、診療内容をもその対象となし得ることは、当然の事理である。

2 原告は、療養担当規則は保険診療に従事する保険医としての一般的、抽象的な診療方針ないし心構え並びに遵守事項に関する訓示的規定であつて、審査ないし減点査定の根拠となり得ないと主張する。

しかしながら、前記のとおり保険医療機関(保険医)たるものの診療、療養給付は、命令すなわち療養担当規則の定めるところにより、これを行うべきものとされているのであるから、これを単なる訓示的性格のものと理解し、それが審査の根拠規定となり得ないとするのは相当でない。

更に、療養担当規則は、保険医療機関の療養給付の範囲、担当方針等を、その一二条ないし一五条、一八条、二〇条等において規定している。

右の療養担当規則中には保険診療に従事する保険医としての一般的、抽象的な診療方針に関する規定もあるが、診療、療養給付の範囲についての詳細な規定も含まれており、医師としての修練を積んだ者にとつて、同規則は保険診療、療養の給付の範囲を画するに十分な基準となり得るものである。

なお、保険局長通牒によれば、審査の原則に関し、「審査委員会における審査は、いずれの診療報酬点数表により診療報酬額を算定する場合においても保険医療機関等から提出された診療報酬請求明細書に記載されている事項につき、書面審査を基調として、その診療内容が保険医療機関及び保険療養担当規則に定めるところに合致しているかどうかその請求点数が健康保険法の規定による療養に関する費用の額の算定方法に照らし、誤りがないかどうかを検討し、もつて適正な診療報酬額を審査算定する」とし、審査の基本方針に関し、「審査にあたつては保険医療機関等から提出された個々の明細書につき適否を審査するとともに、全般的通覧等を通じて当該保険医療機関等の診療の取扱が適正であるかどうか等の全般的傾向を十分把握して審査をする必要があること」とし、審査の具体的方針に関し、「診療行為の種類、回数または実施量等については、療養担当規則に照らして不当と認められる部分につき減点査定すべきこと」としており、以上に準拠して審査の実施がなされている。

東京事務所においては、審査委員は、医学的見地に立ち、療養担当規則等に従い、一件ずつ逐次審査処理し、請求点数及び内容の適否につき格別疑問のないものについては、審査委員会においてそのまま容認され、疑義のあるときは、電話、文書による照会、場合により面接懇談をして調整解決し、最終的に審査委員会で合議又は協議のうえ審議決定している。更には、審査委員会の中に運営の便宜から事実上の制度として設けられた、審査委員の一部で構成する疑義申出処理委員会(再審査委員会)で、再審査を実施するなど、その審査の適正、公平には十分な配慮がなされている(以上、昭和五二年八月二二日付準備書面第一、一項1及び3)。

なお、前記のとおり審査委員は保険者を代表する者、診療担当者を代表する者、学識経験者から委嘱されるのであつて、請求書の形式的誤りを審査するだけであれば、右のような審査委員からなる審査委員会を設置する必要は全くない。実質的な減額をなし得るからこそ右のような専門家によつて構成される委員会が設置されている。

又、基金法一四条の三第一項が厳正、慎重な審査手続を定めているのも診療内容の適否を審査したうえ減額できるからである(昭和五〇年二月一三日付準備書面四項)。

四 減点査定と基金法一四条の三第一項所定手続の要否

審査は、前記のとおり保健医療機関から提出された明細書に記載されている事項について書面審査を基調として行われる。明細書には診療担当者が行つた療養内容の適否を判断するため必要な事項を記載することになつており、医師としての修練を積んだ医学的専門家である審査委員は右書面審査により診療内容が療養担当規則に合致したものであるかどうかを十分に審査し得る。

ところで、基金法一四条の三第一項の規定は、同項所定の手続をとらなければ減点査定を行えないとしているわけではない。すなわち、審査過程において、審査委員が書面審査で減点査定をなすか、あるいは右手続をとるか否かについては、基金法は審査委員会の裁量にこれを委ねていると解するのが相当であつて、減点査定を行うに当たつては右手続をとることを法は義務づけていない(昭和五二年八月二二日付準備書面第一、一項4)。

五 診療報酬支払の一時差止の場合との対比

診療報酬支払の一時差止と診療報酬請求の減点減額とを対照すること自体両制度の存在の趣旨、目的が異なる以上、できないのである。

すなわち、診療報酬支払の一時差止は、診療担当者において基金法一四条の三第一項による審査委員会の要求を正当な理由がないにもかかわらず拒絶した場合、診療担当者に右審査委員会の要求を遵守させるための間接的な履行確保の手段として存する制度である。そして、診療報酬支払の一時差止は診療担当者の診療報酬請求の適否を判断することなく、診療報酬請求金全額に対して支払を差し止めるものであるのに対し、他方、診療報酬請求の減点減額は、診療担当者の診療報酬請求の適否を判断して、適正な診療報酬請求金額についてだけ支払い、不適正な診療報酬請求金額については支払わないというだけに過ぎないのであつて、診療担当者の不適正な診療報酬請求部分の金額については、被告基金に対する請求権がそもそも発生していないのであるから、減点減額して支払うことは当然のことである。

なお、基金法一四条の三第一項は、出頭等を求めることが「できる。」と規定しているだけであつて、同項所定の手続をとらなければ減点減額ができないと規定しているわけではない(昭和五〇年二月一三日付準備書面二項)。

六 原告に対する基金法一四条の三第一項所定手続の実施

被告基金は、昭和四八年六月一二日付をもつて基金法一四条の三第一項に定める知事の承認を得て、原告の出頭を求め、同月一六日原告代表者らから昭和四八年四月分の診療報酬請求について説明を受けた(昭和五〇年六月三〇日付準備書面四項)。

七 医師法二〇条との関係

医師法二〇条が医師の無診察治療行為を禁止しているのは、治療行為の性質及び目的からくる当然の禁止であつて、この禁止の趣旨を審査委員会の請求書の審査の場合にまで類推適用することは、治療行為と審査行為との各目的が異なるものであるから、できないのである(昭和五〇年二月一三日付準備書面三項)。

八 損害の不発生

診療報酬請求権は診療行為の対価であつて、診療の都度その時点で客観的に発生するものであり、被告基金の行う審査は、診療報酬の請求から支払に至る一連の手続の中間段階にあつて、適正な診療報酬支払額を確認するため、その前提としてなされる点検措置であり、その請求権の存否について争いがあれば、診療報酬請求権の発生を主張、立証して給付訴訟によるなどして同請求権の存否を決することが可能であるから、原告主張のように減点査定自体が診療報酬請求権等に損害を与えることはあり得ない(昭和五二年八月二二日付準備書面第一、一項5)。

九 損害賠償の額

1 原告は債務不履行に基づく損害賠償として金員支払請求をするが、金銭債務の不履行については、その賠償額は法定利率によつて定められる(民法四一九条一項)。すなわち、金銭債務の不履行は常に履行遅滞となり、履行不能ということはあり得ない。そして、履行遅滞の場合の損害賠償の範囲は画一的に定められている。従つて、債務の履行に代わる填補賠償は成立する余地がない。

2 年五分の割合による損害金請求は、履行遅滞にかかる債権が、いかなる保険者の、いかなる被保険者ないしその被扶養者について行つた、いかなる内容の診療に関する報酬であるかの特定を欠くから、失当である(昭和五〇年七月二八日付準備書面)。

一〇 主張・立証責任

前記のとおり診療報酬請求権は診療行為の対価であつて、診療の都度客観的に発生し、被告基金の行う審査は適正な診療報酬支払額を確認するため、その前提としてなされる点検措置であり、その請求権の存否について争いがあるときには保険医療機関において診療報酬請求権の発生を主張・立証して給付訴訟によりその実現を図ることができる。

ところで、原告は、本件減点額について債務不履行を事由にその支払を求めるが、右減点分について療養担当規則等法令の定める療養方針に適合する保険治療、療養給付が行われ、かつ、それについて診療報酬請求権が発生したことについて、なんら主張、立証しない。よつて、原告の右請求は理由がない(昭和五二年八月二二日付準備書面第二)。

第四前記被告基金の主張に対する原告の反論

一 被告基金主張一及び三について

1 療養担当規則関係

(一) 診療内容が療養担当規則特に一八条ないし二〇条等に定めるところに合致するかどうか、その請求点数が算定方法告示に照らし誤りがないかどうかを検討して減点審査を行い、基金法一四条の三による必要はないとする点は、原告も同意見であり、これこそ被告基金の審査の重要部分をなすものであり、この点に関する被告基金の主張は無意味である。

療養担当規則は、保険診療に従事する保険医療機関ないし保険医が保険の給付の内容をなす療養の給付の基本的態度、その手続、診療方針等診療担当者としての心構えないし責務について規定している。被告基金が特に指摘する一八条ないし二〇条においても同じであり、特に異なるところはない。すなわち、一八条は特殊療法等の禁止、一九条は保険薬剤以外の薬剤の使用禁止に関するものであり、この規定に反する療法や薬剤給与が診療報酬請求の対象にならないこと、いいかえれば基金法一四条の三等の手続を経ることなく削除し減点査定を行い得るからである。次に、同規則二〇条は保険医としての診療の具体的方針についてやや詳細に規定しているが、その大部分は前同様診療担当者として基本的な心構えないし理念に関するものであつて、直接保険医を拘束するものではない。もつとも、その一部には処方せんの使用期間におけるように日限を切つているものもあるが、薬剤の投与に関し、「おおむね、次の基準による。」と規定しているところから明らかなように、一応の基準を示すにとどまり、絶対的に保険医を拘束し、その裁量権を奪うものではない。結局、医師の良識に万幅の信頼を寄せ、適切妥当な診療を行うことを義務づけているということになる。

しかりとすれば、被告基金がこれらの規定をもつて減点査定の根拠とすることは全くの謬論である。

(二) 健保法四三条ノ九は、まず、その一項に保健医療機関が自己の行つた療養の給付に関して保険者に請求することのできる費用の額は、療養に要する費用の額より一部負担金に相当する額を控除した額とすると定め、次にその費用の額は厚生大臣の定める算定方法告示に準拠して算定すべきことを明らかにし、更に、その三項は、保険者が健康保険組合であるときは、保険者は前記療養の給付に要する費用について、厚生大臣の認可を受けて保険医との間に特約を結び、算定方法告示に定める額の範囲内において特段の定めをすることができる旨を明らかにし、もつて保険医療機関が被告基金に対して提出する診療報酬の計算の基準ないし準則(算定方法、診療の種類別点数その他)を明らかにしている。

そして、これを承けて、その四項と五項において、審査を被告基金に委託し、「保険者ハ保険医療機関又ハ保険薬局ヨリ療養ノ給付ニ関スル費用ノ請求アリタルトキハ第四十三条ノ四第一項及第四十三条ノ六第一項ノ規定ニ依ル命令並ニ前二項ノ規定ニ依ル定ニ照シ之ヲ審査シタル上支払フモノトス」る旨を明らかにしているが、そこに示されている四三条ノ四第一項及び四三条ノ六第一項の規定による命令は療養担当規則を指称するものであり、それ以外の何ものでもない。

ところで、療養担当規則の趣旨、内容は前記のとおりであつて、決して直接いわゆる保険医の診療内容に立ち入つて、これを審査し、減点査定を行う根拠となり得ないことは前記のとおりである。又、本条の「前二項」は、右に検討したところによつて明らかなように、診療科目別点数その他診療報酬の額の算定方法ないしその基準を定めるものであつて、決して個々の診療の内容について審査を行い、その適否を算定することを命じ、あるいは審査の基準を示すものではない。このことは算定方法告示を一読すれば明らかである(以上、昭和五〇年七月一七日付準備書面三項(1)(ハ)、(2)(イ)ないし(ハ))。

2 保険局長通牒関係

保険局長通牒は、「診療行為の種類、回数または実施量等については、療養担当規則に照らして不当と認められる部分につき減点査定すべきことは当然であること」と記載されているだけであつて、「基金法一四条の三の手続を用いないで」とは全く記載されていない。被告基金が行う審査に際し、明細書に、もし保険診療対象外の疾病やいわゆる保険薬剤以外のものが使用されていた場合には直ちに削除できるのであり、又、投与薬剤の分量等について療養担当規則に明示されている制限に著しく反するものについても、これと同様の措置をとりうる。しかりとすれば、保険局長通牒は基金法一条所定の審査権には減点査定も含まれているとするとの被告基金の主張は理由がない。

なお、保険局長通牒は、いわゆる制限診療が行われていた当時のものであつて、制限診療が全面的に廃止された現在(いわゆる制限診療の廃止は第一次的には昭和三七年一〇月一日から実施され、最終的には昭和四六年六月一日から実施されている。)、依然として維持されているかどうかも疑問である(昭和五〇年七月一七日付準備書面三項(1)(ロ))。

二 被告基金主張六について

被告基金主張の日に一回だけ被告基金の求めにより原告附属病院の管理者である病院長、原告の理事長及び事務長の三名が被告基金の要求のままに診療録その他の書類を整えて当時の審査委員長、東京事務所業務第一部長ほか職員三名に面接したが、これらの者は殆ど診療録等の審査を行うことなく、原告の再審査請求を非難するなどしただけである。そして、被告基金主張の知事の承認はなかつた。従つて、原告に対して未だかつて基金法一四条の三第一項に定める手続はなかつたことに帰する(昭和五〇年七月一七日付準備書面二項)。

三 被告基金主張一〇について

右主張はすべて否認する。すなわち、

1 原告は、いわゆる現物給付出来高払の現行保険法の下においては、保険医療機関において、患者の需めに応じて保険医が患者に対して適切妥当な診療を行い、注射その他の措置をなし、治療をなし、薬剤を投与し、その日の治療を終了した時点において、診療報酬請求権を取得し、患者に対する関係では即日一部負担金として窓口において徴収支払を受け、被告基金に対する関係では法令の定める請求書等を適法の手続に従い提出することによつてこれを具体化している旨を主張していること、

2 原告は、適法な保険医療機関であり、原告附属病院において診療に従事する医師はすべて保険医の指定を受けている者であり、又、これらの保険医が療養担当規則その他の法令を遵守し、誠実に療養担当医師として診療に従事していること、

3 原告は、被告基金に対して所定の手続に従い請求書を提出して診療報酬の支払請求をしていること(〈証拠省略〉)並びにこれに対して被告基金の減点査定が行われていることに徴して、原告が診療報酬請求権の個別的発生の点につき主張立証していることは明白である(昭和五二年八月二二日付(同日受付分)準備書面)。

四 理由の明示を欠く減点査定の無効

行政庁が国民の権利義務に重大な関係のある事項について不利益処分をする場合には、その処分理由の明示を要し、その記載を欠くときは処分自体の取消を免れないことは最高裁判所の判例の示すところである(例えば、農地買収に対する異議申立について昭和三二年一月三一日第一小法廷判決、民集一一巻一号二〇一頁。青色申告の審査決定について昭和三七年一二月二六日第二小法廷判決、民集一六巻一二号二、五五七頁。青色申告の更正処分について昭和三八年五月三一日第二小法廷判決、民集一七巻四号六一七頁。法人税の青色申告の更正処分について昭和五一年三月八日第二小法廷判決、民集三〇巻二号六四頁。)。

ところで、被告基金は行政庁ではなく、右判例の多くは税法に関するものであるが、被告基金の行う減点査定実施の手続、内容とこれに対する保険医療機関による不服申立の実情並びにその減点査定が原告ら保険医療機関の財産権に及ぼしている侵害度の深刻性を総合すると、右諸判例の示す法理は、そのまま本件に適用ないし準用されるべきである(昭和五二年八月二二日付準備書面三項(二)(2))。

以上

〔別紙第二 乙事件関係主張〕

第一原告の請求原因

一 原告は、昭和二五年に労働大臣の認可により設立された民法三四条に基づく財団法人であり、労働基準法の定める労働衛生の向上に貢献することを主たる目的とするが、その事業の一環として、同年一二月東京都江東区白河三丁目一〇番一〇号に、内科、外科、小児科、耳鼻いんこう科、眼科、産婦人科等を含む財団法人労働衛生会館附属平和記念病院(以下「原告附属病院」という。)を開設し、その管理運営を行つているものであり、右病院は当初から東京都知事の健康保健法(大正一一年法律七〇号。以下「健保法」という。)所定の保険医療機関としての指定を受け、以来今日まで年間十数万人の患者の診療に従事している。

二 被告水田は、東京都板橋区所在の医師会病院の院長を勤め、又、被告基金の従たる事務所である東京都新宿区市谷田町三丁目二一番地六・八所在の東京都社会保険診療報酬支払基金事務所(以下「東京事務所」という。)幹事長の委嘱により東京事務所の審査委員会の審査委員長となり、審査委員会の会務を総理し、審査委員会を代表する地位にある者である。

三1 前記のとおり、原告は、東京都知事指定の保険医療機関として年間延べ十余万人の患者に対し、関係法令の定めるところに従い、誠実かつ熱心に診療に従業し、適正にして妥当な療養の給付を行い、毎月所定の手続により東京事務所に対して診療報酬の支払請求を行い、過去二十余年にわたり殆ど何らの問題もなく東京事務所から原告の請求にかかる診療報酬の支払を受けてきたが、昭和四八年一月ころに入るや突如、社会保険診療報酬支払基金法(昭和二三年法律一二九号。以下「基金法」という。)に定める所定の手続を履践されることなく、そのうえ、なんらの根拠も理由も具体的に原告に明示されることなく、全く一方的に異常に多額の減点査定を受けた。

2 不可解なこの措置について、原告は、当時の東京事務所幹事長中原孝に面接し、前記の減点査定の具体的理由とその法的根拠を尋ねたところ、同幹事長は、審査委員会は不可侵の聖域であり、幹事長といえども審査委員長の措置に対しては一切口出しができないことになつていると言い切り、以来月日を重ねるに従い、前記減点査定は、いよいよ感情的となり、毎月多額の理由不明の一方的減点査定をもつて原告を経済的に圧迫する手段を重ねている。

このため、原告は、病院経営上月々重大な損害を被り、本来の目的である公益活動の一部休止のやむなきに至つている。

3 東京事務所の行うこの切捨御免ともいうべき理不尽な一方的減点査定の暴挙により、原告は重大な損害を被つたばかりでなく、将来にわたり東京事務所が基金法に従い節度と良識をもつて理性的に審査を行う見込は全くない。

しかも、この減点査定は、次に述べるところによつて明らかなように関係法令を無視し、その法意を蹂りんする不法不当のものであるとの確信をもつて、原告は、昭和四八年八月、甲事件として、前記一方的減点査定中止差止を求めるとともに、この減点査定によつて原告の被つた損害の賠償を求める訴えを提起した(損害賠償請求金額は、さしあたり昭和四七年一二月分から昭和五〇年一〇月分まで三五か月分の減点査定額合計四、五八四万九、六一五円に上つているが、それ以後現在に至るまで前記減点査定は続行され、被害額は累増の一途にある。)。

四 右のように前記減点査定は、審査委員会が基金法一四条の三、一四条の四、社会保険診療報酬請求書審査委員会規程(昭和二三年厚生省令五六号。以下「審査委員会規程」という。)五条、五条の二、六条をはじめとする数多の関係法令を無視し、診療担当者たる保険医療機関に対して、なんらの根拠も具体的理由も一切明示することなく、いわゆる切捨御免に行つている越軌越権の違法行為であり、審査権の濫用であつて、昭和三八年五月三一日及び昭和五一年三月八日の最高裁判所における、税務署長の行う更正処分並びに審査決定は、いかなる基準に基づいて算出されたか、その根拠を納税者に知らせる必要があるとする判例に徴しても、本件の場合は記載理由が不十分であり、許すことのできない悪質重大な不法行為である。

五 この不法行為により、原告は前記のように莫大な損害を被り、又、引続き損害を被り続けているから、それは甲事件をもつて対応処理することとして、右のように東京事務所は「右の減点査定は審査委員会がその権限に基づいて行つているものであつて、東京事務所としては関与できない」と弁明し、原告の請求を認めようとはしないのみならず、審査委員会の行う一方的減点査定は厚生省の指導に基づくものであると強弁しているが、厚生省は行政官庁であり、大臣又は所管局長といえども、立法府において定めた基金法すなわち法律を無視するごとき指導をなし得ないことは明白であり、もし仮にそのような指導があつても直属下部機関以外の一般国民を拘束するものでないことは明らかである。

六 しかりとすれば、前記減点査定は、被告永田が審査委員長として総理し、代表している審査委員会が基金法その他の関係法令を故意に無視し、審査権を濫用して不法行為をあえてしているものであつて、審査委員会自体の責任であり、被告永田は、その審査委員会の委員長として、前記不法行為に基因して原告が被つた損害の賠償責任を免れることはできない。

七 ところで、原告は、前記のとおり甲事件を提起しているが、同訴訟の対象となつていない、原告が被告永田の前記不法行為によつて被つた現実の損害である右訴訟提起遂行のために、すでに原告が選任した訴訟代理人である弁護士高橋勝好に着手金として支払つた合計一〇〇万円は、被告永田の前記不法行為によつて原告が現実に被つた損害であり、同被告は原告に対して、これを賠償する義務がある。

八 以上のほかは甲事件における原告の主張のとおりである。

九 よつて、原告は被告永田に対し、右損害金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五一年九月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二請求原因に対する被告永田の認否

一 請求原因一の事実中、原告が原告附属病院を経営していること、原告附属病院が東京都知事から健保法所定の保険医療機関の指定を受けていることは認めるが、その他の事実は不知。

二 請求原因二の事実は認める。

三1 請求原因三1について

原告附属病院の保険医療機関としての診療について支払われるべき報酬請求額に対し、東京事務所が関係法令の定めるところに従い適正な審査を行つた結果、昭和四七年一二月診療分以降若干の減点をしたことは事実であるが、それが基金法に定める手続によらず、又、なんらの根拠もなくしてなされたとの主張は争う。なお、右の時期以前の分については不知。

2 請求原因三2について

原告と中原孝元東京事務所幹事長との面接並びに同幹事長の発言内容は不知。減点査定が感情的であり、又、理由不明であることは否認。原告附属病院の経営状態並びに原告の活動状況は不知。

3 請求原因三3について

冒頭の「東京事務所の行うこの」との個所から「関係法令を無視し、その法意を蹂りんする不法不当のものである」との個所までの主張は争う。原告と被告基金との間において甲事件が係属していること、並びに同事件の請求金額が原告主張のとおりであることは認める。

四 請求原因四の主張は争う。

五 請求原因五の事実中、東京事務所職員が、減点査定は審査委員会がその権限に基づいて行つているものであつて、東京事務所としては関与できないと弁明したことは否認し、その他は争う。

六 請求原因六の主張は争う。

七 請求原因七について

甲事件の訴訟代理人に関する弁護士費用が甲事件の対象となつていないことは認めるが、その金額並びに支払の有無は不知。

第三被告永田の主張

一 被告永田の地位

被告永田は、昭和二七年九月一日東京事務所幹事長の委嘱によつて審査委員となり、その後、ある期間解嘱となつたことがあるが、昭和四四年六月一日審査委員に委嘱されると同時に審査委員の互選により審査委員長の地位に就いて今日に至つている。審査委員長は会務を総理し、審査委員会を代表する(審査委員会規程七条、八条)。

二 審査委員会の任務

審査委員会は、保険医療機関が健康保険法等によつて提出する請求書について、健保法四三条ノ四第一項、四三条ノ六第一項、四三条ノ九第二項等の規定の定めるところに基づいて、診療報酬の適否を審査するものである(審査委員会規程四条)。

三 被告基金と審査委員会との関係

基金法一三条一項三号は、請求書の審査は被告基金の業務であることを明記している。そして、各専門分野における高度の医学的知識を必要とする審査業務を円滑に進行するため、被告基金の従たる事務所ごとに審査委員会が設けられているが(基金法一四条)、審査委員会は被告基金の内部機関であつて、審査委員長は審査委員会の代表者ではあつても、被告基金を代表するものではない。

従つて、原告も自認するとおり、原告は審査の結果による減点された金額について被告基金を被告として甲事件を提起している。

四 被告永田の責任の不存在

請求原因六によれば、原告は審査委員会が審査権を濫用して不法行為を行つているから、該委員会の代表者たる被告永田に不法行為に基因する損害賠償責任があるというが、右論旨は法律的に全く根拠がない。すなわち、

1 審査委員会の審査は正当な業務行為であつて、それについては、なんらの違法性がない。又、審査権濫用の事実もない。

2 減点については、債務不履行の問題として金銭的請求の対象とするならば格別、これを不法行為として賠償責任追求の原因とすることは法理に反する。

五 結論

仮に審査の内容について違法、不当な点があつたとしても、そのことに伴う一切の責任は被告基金が負うべきであつて、被告基金の内部機関に過ぎない審査委員会、ひいてはその代表者である被告永田には訴訟上の当事者適格がない。

よつて、本件訴えは却下されるべきである。

六 以上のほかは甲事件の被告基金の主張のとおりである。

第四右被告永田の主張に対する原告の認否、反論

一 被告永田主張の一ないし三の事実は認める。同四の1の事実は否認し、2の事実は争う。同五の主張は争う。

二 被告永田は、公務員ではない。被告永田が代表者となり会務を総理する審査委員会は、基金法に基づき幹事長が委嘱する審査委員からなる諮問団体であつて、行政機関ではなく、行政権を行使するものではない。

三 被告基金の性格は、健保法四三条ノ九第五項「保険者ハ前項ノ規定ニ依ル審査及支払ニ関スル事務ヲ社会保険診療報酬支払基金ニ委託スルコトヲ得」との規定に基づき設立された特殊法人であり、請求書を審査し、診療報酬の支払をなすことを業務とする事業団体である。

四 審査委員会は、保険医療機関から提出された請求書の審査を、幹事長の委嘱により実施するものであるが、関係法令には減点査定というような規定はなく、誤記又は誤算及び法定外の薬剤使用等の明白な反則請求の削除ないし是正措置は論外として、元来当該患者を知らない被告永田としては、特段の事情のない限り、その診療内容の適否の判断は不可能であるのみならず、医師法(昭和二三年法律二〇一号)二〇条所定の無診察診療禁止規定との関連もあり、被告基金に対しては、被告永田らの審査権濫用防止対策として、基金法一四条の三、一四条の四等の規定をもつて一々知事の許可を必要とすることを条件づけ、越軌越権の歯止めに慎重な配慮がなされている。

五 被告永田は、原告提出の明細書について、その診療内容に疑義あるときは、原告に説明を求め、あるいは診療録等の提示を求め、あるいは支払の全部又は一部について一時差止まではできるがこのような措置をなすには、まず、知事の許可を得ることが法的に必要であり、又、原告に対しては正当な根拠と理由を明示しなければならないことは、社会通念上、当然である。

六 被告永田は、右の手続を一切履践せずに、原告に対し一方的に根拠不明の減点審査を現在継続して行つており、原告に多大の損害を及ぼしているのであつて、不法行為責任を負うことは明白である。

以上

別表第一 原告主張最終減点額一覧表〈省略〉

別表第二 被告基金主張最終減点額一覧表〈省略〉

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